藤沢店の田中です。
人を押しのけて前に出るタイプでもない。
それでもカリフォルニア、世界中の各地で「No.1のロングボーダーは誰?」と聞けば、
「アレックスノスト」と答えるはずだ。
その理由を彼に尋ねると、「たまたま誰よりもサーフィンが上手かったからさ」と、さらりと答えた。
そう、見れば見るほどアレックスのライディングはあまりにも次元が高すぎて、もはや何をやっているのか考えることさえやめさせるほど、高度な技術の連続だ。
父親、ジムノストも地元では有名なサーファーだったらしい。
何の世界でも同じだが、父親が一流だからと言ってその息子も一流という確約はどこにもない。
彼は自分自身で才能と努力と遊び心でサーフィンの技術を磨き上げた。
幼いころからその父親に連れられてビーチ(ブラッキーズ)に行き、レジェンドたちに身近に接し、豊かな経済成長を背景に、サーフィンにのめり込んでいった。
ロバートオーガストに見いだされ、兄貴分にはウィーンぐナット、そしてコーディシンプキンス。同じ高校の2年後輩にはジャレッドメルがいた。
同世代のロビンキーガル、タイラーウォーレン達とはその頃盛んだっ地域のサーフクラブ対抗のコンテストで腕を競った。
アレックスノストは10代の半ばにして、すでにカリフォルニアでは広く知られたサーファーとなっていた。
(続く)
すみません、バタバタしていて今日はここ迄でした。続きは今週中に書きあげます!
シーコング
田中